my story with piano Ⅴ

 

卒業を控えると音大生のその後の進路は様々です。

音楽関係の会社に就職したり

音楽とは関係のない会社に就職したり

学校の先生になったり

大学院に残ったり

結婚したり。

私が選択したのは留学する事でした。

全国から優秀な学生が集まる大学の中で

身を置いて勉強した年間でしたが

全世界から優秀な学生が集まる中で

身を置いての勉強はどんなだろうと考えると

どうしても日本から飛び出してみたかったのです。

 

行き先は大好きな作曲家の一人

Franz Liszt の故郷ハンガリー。

初めてのレッスンの衝撃は今でも忘れられません。

先生は洗いざらしのGパンによれよれのシャツ

対する生徒はサンダル履き。

え?!

そんな格好でレッスンを受けて良いのですか?

レッスンが終わるとレッスン料を裸で渡し

「ありがとう!じゃあまた来週!」と去る生徒。

え?!

お札は新札できちんと封筒に入れないのですか?

日本を出てから師事した先生は

ほぼ全員現役ピアニストであったからか

『先生と生徒』と言うより

『同じ演奏家の先輩と後輩』

として接しているようでした。

 

ESIPIANOSTUDIO【東京都墨田区・台東区|ピアノ教室|個人レッスン |本格派】story5_1

一生

ピアニスト中

ESIPIANOSTUDIO【東京都墨田区・台東区|ピアノ教室|個人レッスン |本格派】story5_2

 

私も生徒さんにお願いしている

レッスン前のご挨拶「よろしくお願いします」

という言葉はハンガリー語はもちろん、英語でも

ニュアンスがぴったり合う言葉がありません。

日本にしかない美しい言葉です。

長年の習慣で

それを言わないとレッスンが始められない私は

ここだけはずっと日本語で通しました。

 

レッスン内容もまたまたビックリ!

生徒の曲に対する解釈や思いを尊重してくれる一方

「こういう解釈もある」

「僕はこの前の演奏会でこう弾いたけどね」と

同じフレーズを全く別の音楽の様に

弾いてくれるのです。

よって小節、音たりとも

『なんとなく弾いている』

『譜面を追いかけてるだけ』

という演奏は決して許されません。

これも先生が

『音楽は一生勉強。僕もまだ勉強途中』

という意識の表れだったように思います。

彼らは『ピアニスト』ではなく

『ピアニスト中』でした。

そして全世界から集まった学生の演奏は

似た様な演奏はない、オリジナリティに溢れた

唯一無二の演奏です。

 

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